酒蔵通り

西條酒造

 享保3年(1718年)創業の造酒業ですが、当初は菜種油を主とした油屋を営んでいましたが、六代目が造酒業に変更しました。明治末までは『三木正宗』大正・昭和を通じて『波乃鶴』を造って居ましたが、昭和46年天野山金剛寺のご好意で『天野酒』を復活させました。

 酒造りに適した高品質米を用いて高度自家精白し、朴訥な南部杜氏が手間暇を惜しまず醸し上げる一滴一滴は、芳り高く醇らかで、評価を受けています。

サカミセ

 本店より街道を挟んで向側には、二階建て桟瓦葺(さんかわらぶき)で間口が11間と大きな建物が有ります。入り口を挟んで東側は荒格子、西側は一部ショーウインドーに改造されています。元は5間分が出格子でした。
 入り口を入った土間には、一時銀行として使われて居た時のカウンターが残されて居ます。
 二階は虫籠窓(むしこまど)の形や二階の天井の高さから、幕末から明治初期の建物と考えられます。
 平成16年11月国登録文化財として認定されました。

蓮光寺

 昔はこの場所に地蔵寺が有りました。その後荒廃して居た所に、原町に在る明忍寺の信者の内、長野村に住む信者が、大正14年(1925年)独立しました。昭和6年(1931年)狭山東野に在った蓮光寺を譲り受けて移設しました。
 今の建物は昭和41年(1966年)に新築されました。本尊は地蔵菩薩で、脇仏は不動明王・阿弥陀如来・弘法大師を安置して居ます。「河泉地蔵札所」の第六番の札所です。
 又寺内の中央部には古い石塔が集められています。長野の辻や近くにあった物を、集めて祀られて居ます。他に「ぼけ除け地蔵札所」の第十七番の札所でも有ります。

舊西條橋(きゅうさいじょうばし)

 下を流れる川は一級河川で石川の本流です。滝畑ダムを造る為に現在の様に成りました。三日市川(東条川)と西条川に区別して呼び、合流点以下を石川と呼ぶ人が多い。舊西條橋の上流側が西條大橋で国道371号線に架って居ます。下流側が西條橋で明治年間に作られています。
 橋の下には付け替えられた時の橋の跡が残されて居ます。又旧西條橋の左岸には、川へ降りる階段が有りましたが、現在は埋められています。
 昔は酒樽の運搬などに使用されていました。


西條酒造の軒下に吊るされた「杉玉」に付いてインターネットで検索しました。

酒林(さかばやし)

 酒造りには特別の神様が居ます。奈良の大三輪神社です。杉の葉を束ねた大きな玉を作ります。これを杉玉とか酒箒(さけほうき)とも言います。一般的には酒林と言い店先に吊るします。江戸時代には毎年新しい杉の葉で新酒が出来る頃に酒林を造りました。
 杉は常緑樹で有り、一年中青い葉が得られます。杉には殺菌作用が在る等の理由から、昔から造り酒屋では杉を便利に使ってきました、酒を貯蔵する桶や樽は杉で造られています

 実は酒林に良く似た物がドイツなどに有ります。ウィーンの郊外グリンツェンのワイン造りの店には、象の鼻の様な鉄製の腕が有りそこに針葉樹の枝を束ねて吊り下げて有りました。ヨーロッパの酒林は「ブッシェン」と言って樅木の枝で造られています。やはりその年の新酒が出来る頃に取り付けられます.。





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